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緑館|乱歩夫妻は「かかあ天下」 お手伝いさん夫語る

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 平成30・2018年11月1日 毎日新聞社

緑館|乱歩夫妻は「かかあ天下」 お手伝いさん夫語る
 林一茂
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緑館

乱歩夫妻は「かかあ天下」 お手伝いさん夫語る

毎日新聞2018年11月1日 09時46分(最終更新 11月1日 15時23分)

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「貼雑年譜」を手にする中西時次郎さん=三重県鳥羽市内の老人ホームで、林一茂撮影

 乱歩夫妻は“かかあ天下”? 探偵小説の先駆者、江戸川乱歩(1894~1965年)と三重県鳥羽市坂手島出身の隆(りゅう)(1897~1982年)夫妻が一時期、東京で営んでいた住居兼下宿「緑館」。住み込んでお手伝いをしていた「マサ」さんが、同郷の鳥羽市坂手島の中西時次郎さんと後に結婚していたことが判明した。101歳になる時次郎さんは健在で、25年前に亡くなったマサさんが乱歩夫妻について「ちょっとお隆さんの、かかあ天下だったかな」と言ったことを覚えている。自身も夫妻と交わした会話から「どこにでもいる、とても仲の良い夫婦」という印象を抱いているという。【林一茂】

 乱歩夫妻と話した人たちが少なくなっていく中、2019年には夫妻の結婚100周年を迎える。鳥羽市内で「江戸川乱歩館」を運営する鳥羽商工会議所などは記念事業の計画を始めた。

 乱歩は早稲田大学を卒業後の1917(大正6)年、鳥羽造船所に就職。造船所と地元との関係を良くするため「おとぎ倶楽部(くらぶ)」を結成し、離島などを巡回中に坂手島尋常高等小学校教員の村山隆と出会った。乱歩が鳥羽にいたのはわずか1年3カ月だったが、鳥羽を離れた2年後に隆を東京に呼び寄せ結婚した。

 時次郎さんは、プロ野球の草創期、東京巨人軍(現・巨人)で活躍し第二次世界大戦で戦死した伊勢市出身の沢村栄治投手と、中国の戦地に向かう輸送船で一緒だった。坂手島の同級生のマサさんとは親同士が婿養子を決めており、18歳で結婚したという。

 時次郎さんによると、マサさんは結婚前の1年余を「女中」として緑館で過ごした。乱歩が検閲が厳しくなった41年から自身の身辺についてまとめたスクラップブック「貼雑(はりまぜ)年譜」に、緑館の詳細なスケッチを残した。「『女中』 トキ、チヱ、マツ、マサ」と記し、全員、坂手島出身者で、マサさん以外は隆といとこだったという。

 時次郎さんは帰郷するマサさんを迎えるため東京に出向いた。旅費などを夫妻が負担し、緑館と箱根で各1泊した。時次郎さんは「胸がドキドキし通しで、何を話したかは覚えていない」が、乱歩がマサさんに言った「可愛いお婿さんだね」という一言は忘れられないという。隆からは「仲良くご飯をたべてね」と言われたという。

 坂手島で結婚式をあげた時次郎さんとマサさんのため、乱歩が結納などの手配をしてくれた。時次郎さんは「気を使ってくれたんだから、乱歩さんにお礼を言いたかった」と、悔やむ。

妻、隆の実家に感謝
 江戸川乱歩の妻で鳥羽市坂手島出身の隆の実家「村万商店」(廃業)を管理する、島在住者で親戚の池田みき子さん(79)は、鳥羽造船所のOB会で実家を訪れた乱歩からしみじみと、「私はここ(村万商店)に足を向けて寝ることができません」と言われたという。

 乱歩は結婚した1919年から十数年間、苦しい生活が続いた。村万商店は島一の資産家で、食材から日常生活に必要な物資が送り続けられたという。乱歩や隆も新婚時代の貧乏生活を書き残しており、池田さんは「乱歩さんは心から感謝していたようだった」と、心中を思いやった。

 一方、親族の葬儀に坂手島に来た隆から「あなた(池田さん)は近くでいてくれるので、村山をよろしくお願いします」と、何度も頭を下げられたという。「もの言いがはきはきして、しっかりした人だった」と振り返る。

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中 相作

Naka Shosaku

Author:Naka Shosaku
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